バーボンのラベルなどによく見られる言葉に「サワー・マッシュ」がある。これは、発酵時に前回の蒸留廃液を25%以上添加する方法である。この方法によるもろみは、それ以前のもろみより、複雑な風味のウイスキーを作る。
この方法の発明者は、オールド・クロー蒸留所の創設者ジェームズ・クローと言われている。彼は、スコットランドからの移民でそうとう変人だったようである。1835年にケンタッキーに現れ、かなりの規模の蒸留所を作ったが、詳しい事は一切不明である。どう言うヒントからこのサワー・マッシュ法を発明したのかもわからない。
アメリカは独立戦争に、勝利を収めたが、政府は財政難に陥り、ウイスキーへの課税に目をつけた。この事で、ペンシル・ヴェニア で暴動が起きた。この暴動を鎮圧するためにワシントンが、独立戦争以上の大群を動員して鎮圧した。
この、ウイスキーの反乱に敗れた、農民たちは、ケンタッキーでとうもろこしからウイスキーを作り始めた。石炭岩層から湧き出る上質の水(ライム・ストーン)のおかげもあって、バーボンの生産に弾みがついた。
バーボンの名前はケンタッキー州のバーボン郡から出たが、この郡の名前は、独立戦争でアメリカをたすけたフランスのルイ16世のブルボン王家の名前にあやかっている。(BOURBON王家のBOURBONを英語読みしたもの。)
アメリカにウイスキーを蒸留し、飲むという文化をもたらしたのは、スコットランドやアイルランド系の移民達です。彼らはヴァージニアなどに住み着いたが、このヴァージニアのかなりの部分が後に、バーボン・ウイスキーの故郷である。
最初にバーボンを作った人といわれている一人は、1785年に、今のジョージ・タウンに移り住んだ、エライジャ・クレイグ牧師だった。彼もスコットランドからの移民の子で、牧師と同時に開拓民の子供のための学校も開いていた。やがて彼は酒の蒸留を手がけ、偶然、内側が焼けた樽で寝かしたウイスキーが、香りがよく、色もルビー色の美酒になる事を発見した。1789年の事であったという。
もう一人の発見者としてよく名前を聞くのは、エバン・ウイリアムズです。彼は1783年にルイヴィルで最初にとうもろこしから酒の蒸留を始めたとされている。しかし、クレイグ師説同様、証拠はなく、伝説めいている。むしろ、初期のケンタッキーでとうもろこしを作るものに土地60エーカーを与え、余った分を蒸留酒にして通貨代わりにする事を勧めたヴァージニア州知事トマス・ジェファーソンの方が、バーボンの父の名にふさわしいように思う。
初代アメリカ大統領ジョージ・ワシントンはマメな人で、ビールもウイスキーも自分で作った。彼のウイスキーの原料は、ライ麦が主体で、トウモロコシも少し加えたというから、少しバーボンがかったライ・ウイスキーといったところだったのだろう。
最初に内側を焦がした樽でウイスキーを寝かし、いい酒をつくるのに成功したという人の話。とてもケチな蒸留業者で、魚屋から、生臭さを消すため中を焼いた樽を極安で仕入れて使ったところ、赤くて美味しい酒ができたというのだが。そして、ケチな樽屋が、間違ってボヤで樽の内側を焼いてしまったが、なにくわぬ顔で樽を仕上げ、蒸留業者にトボケて売ったところ、その樽の酒が色も味も抜群の出来だったので、樽を焼くことが始まったという話もある。
バーボンの元祖とされているエライジャ・クレイグ牧師は、最初の研究によると、バーボン郡で仕事をした形跡がない。彼が初めて内側を焦がした樽でバーボンをつくったとする説も、またっく証拠がないのだ。
もうひとりの元祖エヴァン・ウィリアムズも、ルイヴィルで最初にトウモロコシ・ウイスキーを作った人物かもしれないが、ケンタッキーのほかの町の誰よりも早かった証拠は今のところない。
バーボンのカクテルの中でも最も聖なるドリンク、ミント・ジュレップの起源に関しても、ケンタッキーのほか、ヴァージニア、ルイジアナなどが元祖を主張し、断固としてゆずらない。ミント・ジュレップは19世紀前半にすでに広く飲まれ、英国にも伝わっていた。ヴァージニアでは、ライ・ウイスキーでつくったが、薬だとして、朝から飲んだり、病気のときも飲んだりした。ヴァージニア人が死ぬと、その墓の周りに自然にミント(ハッカ)が生えたというジョークまである。ちなみにルイジアナのミント・ジュレップはウイスキーよりも、モモのブランデーが多った。
アメリカ人が最もよく酒を飲んだといわれる1835年のニューヨークは、人口20万人に対して750軒のバーがあった。これは人口266人一軒に当たる。また、同じく酒をよく飲んだ19世紀末ころのニューヨーク。安宿と酒場が多いので有名になったバワリー街には、1ブロック当たり6軒、なんと200人に1件のバーがあった。
シカゴで最初のバー「ソガーナッシュ」には、開拓時代ならではのしかけがあった。客が気晴らしに、酒場近くによくやってくるカモやシカ、クマなどをガンで撃つための窓があったのだ。そして最初のシカゴの酒場は必ず通りにもドアがあった。これは敵がきたとき、すぐ逃げるためだった。
禁酒法時代にも、ウイスキーは作られつづけていた。密造酒だ。こうした酒は、夜がきて、月の光の中でつくられたので、ムーンシャイナーといった。また、霧深い谷でウイスキーづくりをしていたことから、マウンテン・デュー(山のつゆ)とも呼ばれた。
ニューヨークのマクソーリーズ・エイル・ハウスは、南北戦争以前の1854年開店でいまも健在だが、1970年までメンズ・オンリーを貫き、ビールだけ供し、ウイスキー等を断固として売らなかった。その理由は「どんな男だってビールで充分酔える」というものだった。
アメリカの昔の酒場は、酒を飲めば食べ物はタダを売りにした店が多かった。このフリー・ランチの元祖はニューオリンズの酒場「シティ・エクスチェンジ」のオーナーのエンリケ・マルティネス。彼が創作したといわれるオクラと肉や魚介類のシチューをご飯にかけるルイジアナ・ガンボが食べ放題だった。ガンボはウェスターン・ソングの「ジャンバラヤ」にも歌われている。
ウィスコンシンの酒場「ホータス・タヴァーン」は裁判所も兼ね、弁護士がいないとき、被告の弁護はバーの親爺が引き受けた。アメリカ初期の酒場では、議会、教会、宿屋、食堂、葬儀屋、寄席などを兼ねたものが多かった。
アメリカの独特の酒場のシステムに「ハッピー・アワー」がある。夕方の早い時間1~2時間、酒やつまみをふつうの時間の半分にするなど、大幅に安売りするもの。酔っていることを「ハッピー」というのは禁酒法時代のスラングなので、このシステムの起源もその頃だろう。最近は、ハッピー・アワーは飲酒運転を助長すると、禁止する州もぼつぼつ出てきた。
1800年代、ケンタッキー州のポール・ジョーンズ父子がつくり出したバーボン「フォア・ローゼス」には、とてもロマンチックな話が伝わっている。
ウイスキー職人のジョーンズ息子は、かねてから愛していた女性に思いをうちあけ、結婚を申し込んだ。 すると彼女は「お返事は、この次の舞踏会の夜にいたします。イエスの時はドレスの胸に4つの薔薇をつけてきますわ」と言った。
当日、ジョーンズの前に現れた女性の胸には、4つの薔薇が輝いていた。晴れて式を挙げた数年後、とびきりうまいウイスキーができあがった。彼はそのウイスキーに、「フォア・ローゼス」という名前をつけたという。
ところが、この説に対して、異議申し立てをする学者が現れた。この名は、さるローズ家の四人の娘にちなんでつけられたというのだ。すると今度は、別のローズ家から、その名は当家から由来するものだという反論がでてきた。いずれにしても、 ジョーンズ親子はとっくに亡くなっており、未だ謎である。
バーボンのラベルに時々見掛ける「BONDED」や「BOTTLED IN BOND」の文字。これらの意味するところは案外知られていないのです。これらの文字が冠されたバーボンは米国連邦政府が1897年に制定したボトルド・イン・ボンド法に基づいて製造されたことを表しています。既にこの法律は廃止されましたが、現在でもこの法の精神に則したバーボンが製造され続けています。 ボトルド・イン・ボンド法(1897年に制定された法律)とは。
1. 単一蒸留所で蒸留された原酒のみを使用する。
一つの会社で複数の蒸留プラントを持つ会社もある。しかし、ボンデッドの決まりではこれらを混ぜてはならない。あくまで、1つの蒸留所で蒸留された原酒のみを用いることが必要である。
2. 同じ年に蒸留された原酒のみを使用する。
バーボンの蒸留はその年の秋に始まり、翌年の春に終わる。バーボン蒸留前のマッシュ(モロミ)の発酵に必要なライムストーンウォーター(ケンタッキーの石灰石層を通り抜けた湧き水)の水温が上昇する夏場は、発酵が不安定になるのである。そのため、夏にはバーボンを蒸留しない。 同じ年に蒸留された酒とは、その年の春か秋に蒸留された原酒を指す。
3. 政府管理下の保税倉庫で最低4年熟成させる。
バーボンと名乗るためには、最低2年間の熟成が必要である。ところが、ボンデッドの規定では最低4年の熟成期間が必要である。 四季がはっきりと別れ、夏冬の寒暖差の大きなケンタッキー州では、夏場には熟成が急速に進み冬場にはゆっくり進む。この様に、寒暖の差で熟成の進みが大きく変化するのである。 さらに、倉庫の天井に近い方では室温が高いため熟成が早く進み、地面に近い方では気温が低いため熟成がゆっくり進む。こうした熟成の格差を均一に馴らすため、定期的に樽の位置を定期的に入れ替えるのである。こうした作業を4回繰り返し、手間を掛けて十分に熟成される。
4. 100プルーフ(50度)で壜詰めする。
ボトルド・イン・ボンド法では100プルーフ(50度)のアルコール度数で壜詰めすることが義務づけられている。また、出荷の際に酒税を納税する。 そのため、「BONDED」(納税済み)とラベルに記されるのである。


