テネシー州の名物といえば、カントリー・ミュージックとテネシー・ウイスキーだ。しかし、テネシーは酒には冷たい州で、その禁酒法は、国より10年早く始まって5年後まで続き、ほかの州の何倍も長かった。
テネシーのウイスキー産業は1825年頃から始まり、タラホーマのアルファベット・イートンが開発した、木炭濾過法を特色とした。19世紀末には、テネシーは蒸留産業の一大中心だったが、1910年の禁酒法で壊滅した。
ジャック・ダニエルの創設も例によって伝説的。1850年頃生まれた彼は継母に苛められ6歳で家出し、ルーテル派教会長老に拾われたが、長老は、蒸留器を持ち、この地独特の製法で酒をつくっていた。しかし教会の仕事が忙しくなり、ダニエルは13歳で蒸留をまかされ、19歳で独立、蒸留所を持った。彼は、商売熱心だった。酒も好評で、1904年のセントルイス世界博で金賞を獲得し、一躍有名になった。
彼は、禁酒法施行の翌年、金庫をけったさいの怪我がもとで死んだ。禁酒法解禁後、甥のレム・モトローが蒸留所を再建したが、彼の子は、跡を継がず、その死後、ブラウン・フォーマン社が買収した。ダニエルのウイスキーは1951年に雑誌フォーチューンに出た記事がきっかけで人気がでた。
ジョージ・ディッケルはドイツ系で、1870年にタラホーマに近いキャスケード・クリークに蒸留所をつくり、キャスケード・ウイスキーを売り出した。この死後、禁酒法で閉鎖していたが、後に大手のシェンリー社が商標権を取得、1958年に、元の場所と少し離れて蒸留所を復活させた。
両者ともにその特色は、一般のバーボンと違い、酒を熟成させる前に、テネシー特産のサトウケエデの木炭で時間をかけて濾過する「リンカーン郡方式」にある。その濾過のおかげで、芳香に富みながら、ウイスキーは軽やかに仕上がる。


